【日記】ある無職の優雅な休日

起きて、ラーメンを食べに行き、公園で陽射しを浴びながらTwitterのタイムラインを眺める。そんな幸せな一日を過ごしました。

仕事が人生だ、という生き方もあるけれど

どうも僕にはそういうのは向いていないようです。

自由な時間こそがいのちであると、エンデ先輩*も言っていた気がします。

考えてみれば当然のことで、人が生きていられる時間には限りがあります。

だから時間はその人の余命であり、いのち。

(ちなみに「余命」は現在から死ぬまでの時間。
「寿命」は生まれてから死ぬまでの時間。)

つまり時間の搾取は「いのち」の搾取に他ならない
“ブラック企業”がやってることは殺人と大差ないわけです。

仕事を生きる手段と考えるなら

以上から現代における仕事とは、「いのち」を「カネ」に変換する機構と言えます。
(自給自足生活なら違ってくるんだろうけど)

そのプロセスは、

「①能力を発揮して、②それが人の役に立ち、③対価として報酬を得る」

たぶんこんな感じで、どのステップも快感になり得ます。

能力を発揮するのは気持ちがいい。
それが人の役に立つのは誇らしいし、
それでお金がもらえるなら文句ないでしょう。

どれかが心にひっかかるなら、仕事人間になれるはずです。
僕も、能力を発揮するのは好きです。

そう、たしかに仕事は楽しい

特に自分の能力を認められるのは嬉しいもので、僕も以前のバイトを始めた時はそれはそれは熱心に取り組んだものです。

(ひとつ前のバイトが清掃業だったのも一因でしょう。)
(敬意の対象以外から“ご苦労様”と言われるのが苦痛だった。)

自分の能力が認められて、それで生計を立てられる。
なんとすばらしいことでしょう。

働き始めの僕は、たいへん幸せでした。

――たぶん、楽しすぎたのがいけなかったんでしょうね。
働き始めて数ヶ月……

俺氏、業務に飽きる

もう覚えることはなくなり、作業はルーティーン化されてきました。
そして日々の業務に忙殺されるあまり、新しい記事や企画を考える時間もとれず。

ひたすらインプットされたものを吐き出し続ける日々

最初が楽しすぎた反動もあったでしょう。
僕は完全に飽きていました。

もとより飽きるまで熱中する性質だからね、仕方ないね。

それでもすぐに辞めるわけにはいかなかったので、しばらく頑張って引き継ぎを済ませ、円満退バイトした、というのが僕視点の物語になります(先方がどう思ってるかは不明)。

それでね、その頑張っていた期間というのが地獄のようでして。
いや労基にひっかかるようなことはなかったんですよ。

ただ……

バカンスが欲しかった

週に5日働くと、休日は2日。
1日は家事に消えて、1日は睡眠+ちょっと遊んだらおしまい。

……どこで休息をとれと?

もちろんシフトは融通が利いたので、一週間休んで旅行に行ったりはしたんだけれど。
そういうレベルではないリフレッシュ期間が必要だと感じていました。

Splatoonも数ヶ月起動できていなかったし。
(据え置きゲームで遊ぶという発想が浮かばないくらい疲弊していた)
Hearthstoneのランク上げだって時間かかる。
サバゲーに行くのだって健康な体と体力が必要。

とまぁそんなわけで冒頭に立ち返って。現在。
僕は念願のバカンス(無職)を手に入れたわけです。

無職だけど幸せでもある

すべての時間を自分のために使える現状、生きているという確かな実感があります。
確実に貯金は減っていくので、仕事も必要なんだけどね。

とまれ、今後も自分に合ったライフスタイルを模索していくつもりです。

遊ぶための十分な時間を確保できる生き方。
……カワタカイザーは冨樫義博先生を心から尊敬しています。(おいこら)

日記の最新記事

コメントを残す

サブコンテンツ

このページの先頭へ